ライフストーリーVol.1(極度の人見知りから、明るいキャラに変貌する子ども時代)

 

ここではわたし自身のライフストーリー(生い立ち)を綴っていきます。

 

生まれたとき

 

茨城県水戸市にて、紙の卸売会社を営む父と専業主婦の母のもとに生まれました。

8歳上の姉がいたので、次女(末っ子)です。

悲しいお話ですが、姉と私の間に本当は長男がいて、生まれた時には死産でした。なので、本来なら兄がいた模様。

体重は4,000g台という巨大児で、近所のおやじにつけられたあだ名は、ミニ力士(腹立つが、当たってる)。

右肩上がりで体重が増えていくので、あまりにビッグな乳児に定期検診の看護師さんもさぞ驚かれたことでしょう。

 

引っ込み思案から、明るいキャラに転身した小学生時代

 

知らない人がいると怖くて、常に母の後ろに隠れる幼稚園時代。

通っていた幼稚園の先生の名前が「鬼沢」でちょっと強面だったことから、恐怖のあまり、不登校(園?)に。

園長先生から、「いい幼稚園があるから受けてみたら?」と勧められ(他を勧める先生も先生だが)、なぜか地元の有名幼稚園を受験することになり、抽選で大当たり。

2年間、無事に通い続け、小学校に上がりました。ただ、人見知り、引っ込み思案は直らず、授業で先生から指されるのが嫌で学校に通うのが苦痛に……。時々、仮病で休む悪知恵を思いつきましたが、たまたま家に来ていた祖母に「うそだろ!」と見破られ、断念。その後、仮病のはずがホントに小児ぜんそくを発症してしまいました。

5年生になると、友達が一緒に学習塾に入ろうと言い出し、しぶしぶ入ってみたら先生の教え方が分かりやすいのなんの。勉強が分かるようになって自信もついてきたのか、ちょっとずつ明るい性格に。

休み時間にクラスの皆の前で、少年隊の『仮面舞踏会』の踊りを披露するぐらいまでに変貌を遂げました。

 

姉の病気発症、そして暗黒の中学高校時代

 

一家に、思わぬ出来事が発生しました。

8歳上の姉が病を発症したのです。病名は、「I型糖尿病」。I型糖尿病はすい臓からインシュリンが出ない病気なので、自分でインシュリン注射を打ち、血糖値をコントロールしなければなりません。

高校3年で「人生これから!」という時に、しかも東京の音楽大学への入学も決まった矢先だったので、絶望的な気持ちになったのは間違いないでしょう。インシュリン注射をすれば普通に生活はできていたので、無事に大学には入れましたが、いつ倒れるか分からないので心配は尽きません。

父も母も気が気でなくなり、家の中はどよんとした雰囲気に。わたしはその空気を察知して、この落ちかけた雰囲気を変えようとおちゃらけるようになりました。そして「わたしは親を悲しなせないようにしたい! むしろ喜ばせたい!」と無性に勉強を頑張るようになりました。

そのストレスからか、中2の時にノイローゼに。

胃が痛くなると胃がんになったと思い込み、病院に検査に行きたいと言い出す。頭痛がすると今度は脳腫瘍だと思い込んで、脳のレントゲンをとってもらいたいと言い出す。最終的には、心療内科を紹介され、お医者さんの顔を見て話したらホッとしたのか涙があふれ、それからは症状がなくなりました。これを「ドクターショッピング」という言うらしいですね。

あやうい中学時代です。ノイローゼは治ったものの、もともとの頑張りグセは直らず、高校に入ったら入ったで今度は大学受験のために猛勉強。甘酸っぱい青春の記憶もなく、ただただ日々が過ぎ去っていきました。

なので、中高時代の記憶がほとんどありません。その当時を思い返してみても、色がなく、思い出がすべてグレー。これをわたしの人生の、「暗黒時代パートI」と呼んでおります。